1. HOME
  2. Interview
  3. with Lapidem 002:東海林美紀 (ウィスキングマスター)
Interview

with Lapidem 002:東海林美紀 (ウィスキングマスター)

「日本ならではのアプローチで、都会で生きる人々に自然のエネルギーを与えたい」

空前のサウナブームに湧く昨今、「ウィスキング」というサウナアプローチが注目され始めています。ウィスキングとは、サウナの中で「ウィスク(ヴィヒタ)」と呼ばれる草木の枝葉を束ねたものに蒸気をからませ、暖かい風を送ったり全身をトリートメントして、発汗作用やリラックス効果をもたらす手法のこと。北欧やロシアでは古くから親しまれてきたものですが、最近は日本でも取り入れるサウナ施設が増えています。

今回ご紹介する東海林美紀さんは、サウナとウィスキングの本場であるフィンランドやロシア、バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)を中心に世界各地でこれを学んだ「ウィスキングマスター」。本格的なウィスキングトリートメントを日本で実践する準備段階で、ラピデムの講習をご利用いただき、私たちラピデムも東海林さんから得た知見を新しいスパプログラムに取り入れさせていただきました。

今は北欧のスタイルという印象が強いウィスキングですが、東海林さんはこれを日本の都会で生きる人に最適化したものにもしたいという目標を持っています。世界各地に古来より伝わるサウナ文化の奥深さ、そしてフォトグラファーでありウィスキングマスターという東海林さんの異色のキャリアを存分にご堪能ください。

(撮影協力:サウナラボ


サウナは自然を受容する神聖な存在。様々なアプローチで楽しんでほしい

――先程、サウナラボ神田でのウィスキングトリートメントの様子を拝見させていただきました。一般的にウィスキングというと、ウィスクで激しく体を叩き、水風呂にザブンと浸かるというスタイルが取り上げられることが多いですが、東海林さんのプログラムは、ハーブティーを飲みながらカウンセリングを行い、ウィスクで蒸気と風を送り、ハチミツやホットストーンを使ったトリートメントケアを行い……。ゆるやかでていねいなものという印象を受けました。

今、日本で主流になっているのが、熱いサウナで汗をかいて、水風呂と休憩を繰り返すスタイルということもあって、ウィスキングも激しいものがクローズアップされることが多いかもしれません。ただ、そういう手法はウィスキングのスタイルのひとつで、短い時間で一気に温めて水風呂にどうぞっていうメニューもあれば、今回見ていただいたような穏やかなスタイルのウィスキングもあります。

――なるほど。東海林さんのウィスキングは常に「穏やかなスタイル」なんですか?

いえ、場所やお客さんの要望によって変えています。すっきりしたい人には熱めで短い時間、植物の香りや肌に触れる感覚を楽しみながらゆったりしたいという人には低めの温度で長時間というような感じで。ただ、時間の長いコースを行うときは、必然的に激しかったり穏やかだったりと、ひとつのコースの中に起承転結のようなストーリーを作っていきます。川や湖の近くのサウナでウィスキングを行うときは、サウナのあとに川で泳いでもらったり、お茶を飲む休憩時間を作ったりして、お客さんと一緒に3時間くらい過ごしたりもします。ウィスキングはまだまだ日本で始まったばかりですが、「今日は熱めの10分でいいや」とか「長いコースでゆっくりしないな」とか、気分や体調に合わせて、いろいろなメニューを選ぶことができるようになればいいなと思っています。

――その他、ウィスキングを行う上で大切にしていることはありますか?

ウィスキングを通して自然体験をしていただくことです。サウナはもともと自然に触れて自然そのものを体に取り入れる行為でもあると思うので、都会にいながらサウナで森林浴をしているような経験をしていただきたいなと。

――サウナ=自然ですか。サウナというとおじさんのストレス解消の手段というイメージしかなかったので、ぜひくわしく聞かせてください。

サウナ文化…蒸気を使って汗をかく文化は、古来より世界各地に分布しているものなんです。小屋やテント、ドームに入って、薪の火で石を温めて、その石に水をかけて蒸気を浴びたり、お湯を沸かしてその蒸気で汗をかく。そうすることで、ただ体を洗ったり温めたりするだけではなく、生まれ変わりを体験したり、心身を浄化し、癒すことができると考えられてきました。それは、火、風、水、土といった自然のエレメントに触れることでもありますし、それを体に取り入れて、自然と一体化することでもありました。サウナ自体が自然そのものだとも言えるかもしれません。

――なるほど。植物を用いるウィスキングでは、さらに自然のエッセンスを感じ取れそうです。

エストニアのヴォル地方のスモークサウナの伝統と文化はユネスコの無形文化遺産になっっていますが、そこでは今でもサウナは先祖とつながる神聖な場所で、一族しか知らない呪文や風習が残っていたりもします。昔は、その他の国でも、サウナは出産や儀式、治療や保存食作りなどにも使われていて、生活と人生に欠かせないものでした。そして、サウナの中で植物を使うということは、実は世界各地で行われてきたことなんです。自然信仰やそれまでの伝統と慣習をベースに、ドライサウナでお客さんに提供するサービスとしてウィスキングを作り上げてきたロシアやラトビア、リトアニアはウィスキングの本場とされていますが、東南アジアのスチームサウナでも、インドやスリランカのアーユルヴェーダ、メキシコのテマスカルでも、サウナで植物をたくさん使います。

――日本のサウナと世界のサウナとでは、根本的なあり方から異なることがよくわかりました。世界のサウナ文化を知る東海林さんが担う役割は重要ですね。

日本の温浴文化は、お湯につかるより先にサウナから始まっていますし、今でも「から風呂」や「かま風呂」といったサウナが残っています。根本的に実は同じものと言えるかもしれません。私がウィスキングを行っているのは、東京などの大都市が多いのですが、自然から離れた場所で生活する人にこそ、自然とつながる体験をしていただきたいという思いがあります。人類の長い歴史を振り返れば、都市生活が始まったのは、ほんとに最近のこと。どんなにテクノロジーが発達しても、人間はDNAレベルで自然を欲している。だけど、都会でそれを受容できる機会は少ないですよね。サウナとウィスキングで自然の一部を取り入れることで、心身のバランスをととのえて欲しいですし、そのために、世界各地で古来からサウナで行われてきた“リチュアル(儀式)”を、現代の日本に合う形にアップデートしているような感じがします。お客さんの中には時々「ウィスキング中に子供の頃の思い出や体験がフラッシュバックした」と話される方がいらっしゃるんですが、サウナに入ってウィスキングで自然に触れたことで、子供時代の純粋な感覚を思い出すことは、その人がありのままの自分に戻ることだと思うんです。サウナでの浄化=デトックスは大きなキーワードで、ただゼロに戻るというか、「サウナ」と「植物」でリラクゼーション以上の体験をしていただけるよう、いろんな試行錯誤を繰り返しています。

――例えばどんなことを試されてますか?

日本で暮らしている人には、日本に自生している植物が一番合うと思います。そして、一番エネルギーのある植物を使いたい。今は、メインのウィスクとして使う白樺やオークはロシアやエストニアから輸入しているものなんですけど、もっと日本に自生する植物を使ったメニューを作っていきたいと思っていて、日本各地のいろいろな植物を試しています。意外かもしれませんが、南北に長く、亜熱帯の沖縄から寒冷地の北海道まで網羅している日本は、世界を見ても類を見ないくらいバリエーション豊かな植物が年間を通して入手できる国なんです。そして、日本では冬の間でも緑を保つツバキなどの常緑樹は神聖なものとされてきました。北欧は冬には十分な植物はないので、植物が一番エネルギーを蓄えている夏至の前後に採取して乾燥させ、その乾燥させたものを冬の間は使いますが、日本はエネルギーのある植物を年間を通して手に入れることができるので、それはメニュー作りに反映させたいですね。ウィスキングでは、サウナで森林浴をしているような体験をしていただきたいので、そのために、五感を使うこと、特に、視覚以外の聴覚、嗅覚、触覚にアプローチできるメニューを作るためにいろいろ試しています。

アフリカで体感した、人間らしく美しい生き方

――ここからは東海林さんのこれまでの経歴についてお話をうかがいます。お生まれはどちらなんですか?

山形の鶴岡という場所です。庄内平野という日本有数の米所で、見渡す限りずーっと田んぼ。田んぼと共に四季がめぐっているようなところです。さらに、海にも山にも近いので、春と秋は山菜を採って、夏は海で泳いで、冬は山でスキーをして…と、いつも身近に自然を感じながら生活していました。

――学生のころはどのような興味・関心を持っていましたか?

大学は法学部で、薬害エイズやハンセン病など、人権について学ぶかたわら、他の大学で国際保健や医療人類学、伝統医療に関する講義やセミナーを受けたり、国際協力NGOでインターンをしながらリプロダクティブヘルス/ライツを学びました。庄内平野の冬の地吹雪があまりにも厳しいからか、ずっと熱帯の国、アフリカへのあこがれを持っていて、子どもの頃から医療援助でアフリカに行きたいと思っていたんです。特にメキシコとアイスランドが好きで、長期の休みには旅に出ていました。

――大学卒業後はJICA(国際協力機構)のボランティアとしてニジェールに滞在されたとのこと。「アフリカに行きたい」という念願がかなった格好ですね。

学生時代は国際機関への就職を考えていて、そのためには公衆衛生などの修士課程に進まなければいけない。修士課程では2年間のフィールド経験が必要ということがわかり、どうしたものかなと思っていたときに、知り合いの国連の方からJICAボランティアを教えてもらいました。エイズ対策という職種があることがわかって、国際協力NGOでインターンをしながら勉強させてもらい、試験に合格した後は在学中にいろいろな訓練を受けて、卒業と同時にニジェールに赴任しました。

――ニジェールではどのような経験をされましたか?

ニジェールはサハラ砂漠にある、すごく暑い国です。首都では一年のうち2ヶ月くらいは雨が降りますが、見渡す限り砂に覆われた国。自然環境が本当に厳しくて、慢性的な貧困もあり、死がとても身近にありました。毎日の生活は大変だったけれど、人びとがすごく人間らしい生活を送っていて、現地の人びとの人生観に強く惹かれました。当時はスマホもネットもない生活でしたし、毎日のように断水と停電があって、村にいけば電気も水道もありません。時間だけはたくさんあって、みんなでご飯を食べて、話して、お茶を飲んでという、そういう日常の何気ないことに幸せを感じました。コミュニティや家族との関わり合いがとても深くて、乗り合いのタクシーに乗ると、初対面の女性に「ちょっと預かってて」って赤ちゃんをどんと抱っこさせられるようなことはよくありました(笑)。日本にいるときは「何かしてあげたい」という視点でアフリカをとらえていたけれど、実際に現地の人たちと暮らしていると、ちょっと違うなと感じ始めて。状況としては大変であることは間違いないけれど、それよりも現地の人たちに教えてもらうことばかりで、人びとの凛とした強さとか、日々の生活の何気ない美しさを伝えるほうにシフトしたいと思うようになり、任期終了後は、人びとの暮らしや、日本と世界の女性をテーマとしたフォトグラファーとして活動を始めました。

–––サウナとウィスキングに興味を持たれた理由は?

きっかけは6年前、冬に撮影で訪れたフィンランドでサウナに入ったことでした。それまで、温泉は大好きでしたが、サウナは熱い部屋で我慢して汗をかくイメージだったので敬遠していたんです。でも、フィンランドのサウナはすごく心地よくて。薄暗いサウナの中は静かで、木のよい香りがして、サウナストーブの上で温められた石の上に水をかけて蒸気をあびて…。「一体、この気持ちよさは何なんだ!?」って強い衝撃を受けました。その理由が知りたくて、フィンランドや世界各地を巡ってサウナ文化を学ぶようになりました。

今までの人生すべてがウィスキングにつながっている

――ニジェールで活動されていたときも、世界の女性を撮影されていたときも、まさかご自身の人生がサウナとリンクするなんて考えてもいなかったのではないでしょうか。

確かにそうですね。でも、これまでの全ての経験がサウナとウィスキングにつながっていると思います。そして、今、フォトグラファーとして活動していることも。写真のストーリーの作り方は、ウィスキングのプログラムを作ることと似ています。ウィスキングはボディトリートメントでもありますが、祈りや儀式の要素も入っていて、その人の健康と幸せを祈ることでもありますし、日々体験するいろいろなことがウィスキングにつながっていきますね。

――追求したいテーマが「健康」や「女性」というところも一貫していますね。

はい。あとは生まれ育った環境もつながっていますね。私が生まれたところは、修験道として有名な出羽三山がすぐ近くで、山伏の存在が身近でした。山伏というのは、日本古来の自然崇拝にはじまり、神仏が宿る山の中で修行して、そこでエネルギーを得て、里の祭祀に関わる人です。彼らの修行は生まれ変わりの儀式でもあるんです。3つの山で厳しい修行をして、最後に薪を燃やした火の上を飛び越える……。要はお母さんのお腹の中で十月十日を過ごして産道を通って出てくることの疑似体験をするんですね。これが、ネイティブアメリカンやメキシコでのサウナを用いて行う儀式や北欧のサウナとすごく似ていると気づいた時、方法は違っても、山の中でもとサウナの中でも同じ経験をしているんだなと思ったんです。あと、子どもの頃から温泉によく入っていたのですが、自然の力を取り入れるということでは、サウナも温泉も一緒だなと。

――世界を飛び回る生活をされていたわけですから、コロナ禍でこれが制限された現状はもどかしい思いもあるのでは?

実はそうでもないんです。ウィスキングを学び始めてしばらくしてからは、一つの場所に腰を据えて実践したいなと思っていたので。日本に長くいるのは久しぶりですが、これまでとは違った視点から日本の魅力を発見していて、なんというか、今も日々新しい旅をしているような感覚です。

――活動のフィールドを変えたことで、今まで当たり前だと思っていたものを特別なものだと認識できるようになった。 そうですね。世界中のサウナを見て、その要素のほとんどが日本に昔から存在していたものだと気づきました。今、ウィスキングのプログラムを作るとき、日本の自然信仰や茶道と花道(華道)、舞踏もすごく参考になりますし、森林医学やアーユルヴェーダ、中国医学、温泉療法、そして世界のサウナとスパ文化も混ぜながら、日本で行うために最適なプログラムは何なのかを考えています。サウナ文化には実は国境がなくて、それぞれの土地で形や方法は変わっても、サウナは人類としての共通体験だと思うんです。なので、もっと自由に、日本らしいアイディアを生かしたプログラムが作れるんじゃないかなと。最近、心と体の両方の健やかさを追求する「ウェルネス」という考え方が注目されていますけど、極端なダイエットや体にいいものを食べているっていうだけでは、本当の健康や幸せじゃないと思うんです。サウナと植物を通して心身をととのえながら、ウィスキングがその人がその人らしく生きられるようなきっかけになればいいなと思っています。

プロフィール

東海林美紀(とうかいりん・みき)

1984年生まれ、山形県出身。ニジェールで2年間、診療所とNGOでエイズ対策に携わる。女性支援を行う国際協力NGOのオフィシャルフォトグラファーを経て、フリーランスフォトグラファー、そしてウィスキングマスターの道へ。日本と世界各地の入浴、サウナ・スパ文化のフィールドワーカーという一面も持つ。