with Lapidem 001:櫨佳佑 (和ろうそく職人)
「和ろうそくを再び日本の文化にしていきたい」
小江戸・川越の目抜き通りを一つ離れた場所に、静かにたたずむ「和ろうそく HAZE」。「同じ火には二度と会えない」というコンセプトで作られた美しいろうそくに魅せられ、2020年にLapidemオリジナルのろうそくを作っていただきました。
HAZEのろうそくは、室町時代から伝わる日本古来の「和ろうそく」。ハゼの実からとれる蝋を伝統的な製法で仕上げる和ろうそくは、石油系の原料から作られる一般的なろうそく(洋ろうそく)に比べてすすが少なく、代表の櫨(はぜ)佳佑さんは、「大きな灯がたとえようもなく美しいです」と話します。
ゆれる、のびる、またたく、ふくらむ。
HAZEのろうそくを灯すと、炎というものが持つ表情の豊かさに驚かされつつ、不思議と心が落ち着きます。
一般的なサラリーマン家庭で育ち、映像関係の仕事をしていた櫨さんが和ろうそく作りに目覚めたのは30歳のとき。職人を志したちょっぴり不思議なきっかけや、今の時代に即した和ろうそくの楽しみ方、今後の展望などをうかがいました。
和ろうそく作りを志したときに、自分が生まれた意味を知った
――櫨さんが和ろうそくと出会ったのはいつなんですか?
母方の実家が和ろうそくの名産地の滋賀だったこともあって、小さい頃からごく当たり前の存在でしたね。毎年お盆になると、仏壇に和ろうそくを灯していました。
――そこから職人を志すまでにはどのような経緯があったのでしょう?
少し話を遡りますが、僕は夢や目標というものがない子どもでした。高校生の頃に映像の道を志し、映像系の大学を経て映像制作会社に入社したんですけど、これも、一番好きな絵を書くことでは生計を立てられないという消去法で選んだもの。「生涯をかけて成し遂げたい」と思えるものに出会えないことに苦しさを感じながら仕事をこなし、2011年の東日本大震災を機に、その思いはさらに強まっていました。
そんな折に、仲のいい会社の後輩に、帰省みやげとして和ろうそくを渡したんです。先にもお話したように、僕にとって和ろうそくはごくごく身近な存在だったんですが、後輩は「こんなろうそくを初めて見た」とすごく驚いていて。僕も逆に「知らない人がいるんだ!」と驚いてしまいました。
彼は芸術が好きで、仕事をしながら個人的に絵を書いていました。灯りがとても美しく、洋ろうそくとは違う質感を持った和ろうそくがどのように作られているか興味を持ったようで、いろいろ質問を受けたんですが、僕も全然わからないので「じゃあ一緒に調べてみよう」と。
いろいろな文献を読んでいるうちに、和ろうそくの生産量が激減し、職人や原料となる櫨やイグサの生産者も数えるほどしかいないことを知りました。そして「自分たちが作り手となって、和ろうそくを後世に残すことに貢献できないか」と思ったんです。和ろうそく職人として生きていくという発想に思い至った時は、幼少期から抱いていた「自分は何のために生まれてきたんだろう」という長年のハテナが溶けたような思いでした。
そして、和ろうそくに身を投じる覚悟を決める意味で、本名の「戸田佳佑」から活動名として「櫨佳佑」と名乗るようにしました。
――――和ろうそくを知らない後輩が運んだ、不思議なめぐりあわせだったのですね。
はい。彼は今でもHAZEの一員として一緒にろうそくを作ってます。
――それはなおさらドラマティックです! 以後、どのように和ろうそく作りを始められたんですか?
和ろうそく業界はある時代に、製法を門外不出としていたそうで、国会図書館でも作り方に言及された文献が見つかりませんでした。結局、何十年も前に放送された和ろうそく職人のドキュメンタリーをYouTubeで見て、見よう見まねで作りました。
――すでに職人として活動されている方のもとに弟子入りすることは考えなかったんですか?
考えました。全国の和ろうそく屋さんをリストアップして、連絡をして…といっても10件くらいしかないんですけど。ただ、どこも人手は足りているという返答だったので、途中で「自分たちでやってみよう」と腹をくくりました。
――独学とは驚きました。苦労されたことはありますか?
和ろうそくは製法がとてもシンプルなので、当初は、よく職人の世界で言われる「一人前になるには10年かかる」という言葉の意味がよくわからないくらい苦労がなかったですね。櫨の実やイグサの生産者の方も、驚くほどスムーズに原料を卸してくださいましたし。 むしろ、ろうそく作りを始めてもうすぐ10年という今になって、その言葉の意味がわかるようになりました。均一化された品質で100本も200本も作れるようになったり、蝋が固まる気温や湿度が感覚的にわかるようになるまでに、10年くらいかかるんだなと。
それぞれの感性で和ろうそくを楽しんでほしい
――HAZEの和ろうそくは、グラデーションカラーのものや、リラクゼーション効果のある炭やハーブを混ぜたものなど、他にはない商品が多いですね。
伝統的な和ろうそくからあまりにも逸脱することなく、できるだけ自由な発想でろうそくを作ることを意識しています。老舗で作られている和ろうそくって、お葬式や法事で用いられることを第一に作られているのですが、それだと用途や年齢層が限られすぎていて、業界がいっそう先細りしてしまうと考えたんです。
グラデーションのろうそくは、「若い層に刺さり、生活の中で使えるものを」という思いから、HAZEを立ち上げた当初から商品化を考えていました。また、炭やハーブを使った「浄化の和ろうそく」シリーズは、原料の生産者さんと知り合ったことから生まれたものです。これからもいろいろ試行錯誤しながら商品を作っていきたいです。
――ちなみに、和ろうそくってどんなときおに使えばいいのでしょうか…?
お客様からもよく似たような質問を受けますが、僕は夜か早朝に灯すことをおすすめしています。テレビやスマホの光は不眠を招くらしいので、就寝の1時間前くらいにろうそくを灯して、20分くらいゆっくりと灯を見つめながら脳のスイッチをオフにしていってほしいです。
――確かに、いつでもスマホで情報を得られる今は、ぼんやりするにも手段が必要ですね。
そうですね。今キャンプが流行ってますけど、キャンプで焚き火を見ているときって、あまりネガティブなことを考えないじゃないですか。あれって一種の瞑想状態のようなものだと思うんですけど、火が大きくて強い和ろうそくにも、焚き火を見ているときの、あのなんとも言えない状態を作る効果があるんです。
早朝は逆に、生活のスイッチをオンにするために使います。忙しい人や小さいお子さんがいるお母さんって、なかなか自分の時間をとれないと思うんですけど、少し早起きしてろうそくを灯して、徐々にスイッチをオンにしながら自分のために時間を使うのはおすすめですね。
――なるほど。ヨガや入浴にもよさそうです。
最近は葉巻との相性もいいんじゃないかなって考えてるんです。葉巻って火がつくまでにけっこう時間がかかるんですけど、炎が大きくて植物由来100パーセントの和ろうそくはピッタリじゃないかなと。
使い手と作り手の架け橋となり、和ろうそくが再び文化になる日まで
伝統的な製法で作られる和ろうそくは、完成までにとても手間がかかる上に、原価が洋ろうそくの約15〜20倍と非常に高価です。安く、簡単で、手軽なものが好まれる現在のトレンドと逆行する生き方を選んだ櫨さんは、その生き方にどのような信念を置き、これからの和ろうそく業界をどのように盛りたてていこうと考えているのでしょうか。
――人の手で作られたものの魅力はどのようなものだと思いますか?
やっぱり、作り手の「何か」を感じ取れることじゃないですかね。大量生産されたプロダクトを否定するつもりはありませんが、無機質に偏りすぎたものに僕個人はあまり美しさを感じません。HAZEの商品は、プロダクトよりももっと無骨なもの、質素なもの、他の言い方をすると身近なものであることを目指しています。
――画一化された美しさではないということですね。
そうですね。着飾られたものでなく、そのものがただそのものである感じと言いますか。自分の内側から湧き上がってくるものをろうそくとして表現しつつ、あくまでも手軽に使えるものであることを意識しています。
――長い歴史を誇る和ろうそくを後世に伝えるために、HAZEはどのように貢献したいと考えていますか?
和ろうそくを使う人と作る人、双方を増やすことに貢献したいと思っています。例えば欧米では、食事やイベントの際にキャンドルを灯すことが文化として根付いていますけど、日本でそういう生活をしている方はごく少数ですよね。先程もお話したように、現状は「どんなときにろうそくを灯せばいいですか?」と聞かれることのほうが多いですが、いずれは使い方をみなさんご自身が見つけて、楽しんでいただけるようになったらなと思っています。
その一歩目として、最近、和ろうそくの定期便を立ち上げました。コースによってお香やコーヒー、ドライフルーツなどと一緒に毎月和ろうそくが届くサービスです。
室町時代に生まれた和ろうそくは、生産量を減らしながらも令和まで生き残りました。これだけ長い間残っているということは、和ろうそくにそれだけの価値があるからに他ならないと思うんです。同業のみなさんもきっと僕らと同じように、和ろうそくに可能性を感じられているはず。お互いに手を取り合いながら、和ろうそくを再び日本の文化としていけたらと思います。
プロフィール
櫨佳佑(はぜ・けいすけ)
1981年生まれ、奈良県出身。会社員を経て2012年にHAZEを立ち上げる。ブランド名の「HAZE」は和ろうそくの主役であるハゼと、ろうそくの灯が生み出す「もや」をかけて名付けたもので、「もやのように、いずれなくなってしまうような不確かなものを大切にしたい」という思いが込められている。HP:http://haze.jp/