with Lapidem 009:松下豊(プリンティングコーディネーター/株式会社レーエ)
ラピデムでは、商品のパッケージや商品カタログなどを制作するときに、レーエという会社に依頼をします。レーエはディレクション、進行管理、レタッチなど、印刷にまつわるあらゆるサポートを行う印刷のソリューションカンパニー。一般的な印刷はもちろんのこと、一風変わった、デザイン性の高い紙製品の制作を多く請け負っている、知る人ぞ知る会社で、ラピデム代表の近藤は「気合の入ったものを作るときには必ずレーエさんにお願いする」と力を込めて言います。
今回は登場していただくのは、レーエで「プリンティングコーディネーター」として勤務する松下豊さん。依頼主の要望をヒアリングし、形にするための最適解を導き出すプリンティングコーディネーターの役割とその醍醐味についてうかがいます。
体当たりで獲得した様々なノウハウ
――松下さんはレーエに入社されてどれぐらいになるんですか?
25年になります。レーエに入る前はホテルマンをやっていました。
――まったく畑違いですね。そこからなぜ印刷の仕事に飛び込まれたんですか?
お恥ずかしい話、なんとなくです(笑)。マックを使うかっこいい仕事をしてみたいという思いでDTP(レイアウトやデザインなど、出版物を印刷する前の工程)のスクールに通って、当時創業間もないレーエが採用してくれた。制作側として雇ってもらうつもりだったんですが、前職がホテルマンだったのでピシッとして見えたんでしょうね。「制作は足りてるんだけど、営業としてどう? 小さい会社だから制作にも関われるし、勉強になるよ」と言われて、じゃあやってみようと。
――レーエは、「デザイナーのための印刷会社」というコンセプトで、印刷や紙に関わるソリューションを請け負う会社です。入社当時からそのようなスタイルだったんですか?
僕が入社した当時は一般的な印刷会社だったんですが、入社して5~6年目経ったころから、自社で印刷を行わない、デザイナーさんに紙製品に関するソリューションを提供する会社へとシフトしていきました。
――きっかけは何だったんでしょうか。
社内のデザイナーが趣味で制作していたフリーペーパーに、会社として協力するようになったことだと思います。そのフリーペーパーはデザインに特化したユニークなもので、デザイン業界や各界の著名人にもノーギャラでインタビューなんかもしたりしていて、界隈ではけっこう注目度の高いものだったんですね。「せっかく面白いことをしてるんだからレーエで広告を出そう」というこというところからスタートして、社としては表紙まわりの紙の加工を受け持つようになりました。これがそのフリーペーパーなんですけど。
――なるほど。確かにいろんな加工が施されていて、インパクトがある表紙ですね。
デザイナーさんたちがよく行くような書店やお店に置かせてもらっていたので、これを読んだデザイナーさんから、通常の印刷会社では対応できないような相談がくるようになりました。といってもノウハウをたくさん持っているわけではなかったので、依頼のほとんどがやったことがないもの。いつも「うっ…」となっていましたね(笑)。
――それでもチャレンジを大切にされた。
創業からそれほど年数の経っていない会社ということもあって、難しい相談であってもチャレンジしながら柔軟に対応していくことを大切にしていました。体当たりしながらやって、怪我も負いながら、だんだんとできることが増えて現在に至るという感じです。
視覚や触覚に残るものづくりを
――ノウハウを蓄積するために、松下さんはどのようなことを心がけられましたか?
「箔押し(紙を熱でプレスし、そこに薄いホイルを転写する加工)」や「空押し(箔押しのホイル使わないもの)」など特殊な加工を行う業者さんのところに出向いて、作業現場をよく見学させてもらいましたね。知識があるわけではないので、ああでもないこうでもないと色々突っ込んで聞いていたら、煙たがられたり、「そんなことできねえよ」って怒られたりもしました(笑)。今はセキュリティの問題などで現場に入るのが難しくなりましたけど、それでも機械の仕組みや印刷の方式を知っておくことは大切なので、なるべく見せてもらうようにしています。
――デザイナーさんから依頼を受けた後、どのようなプロセスを踏まれるんですか?
プリンティングコーディネーターの仕事は、デザイナーさんが表現したいもの、クライアントさんが求めるものが何かを知り、それを実現することだと思っています。第一段階は仕様を決めること。どんな紙を使いたいか、どんな加工をしたいかということがすでに明確になっている方もいれば、ふわっとしたイメージ段階でご相談にいらっしゃる方もいますが、後者の場合は紙や過去のサンプルをお見せして「この紙は高いから予算的にはこっちのほうがいい」「このぐらいのサイズにするとまとまりやすい」というようなアドバイスをしながら仕様を固めていきます。デザイナーさんと一緒にクライアントに出向いて、印刷の立場からご意見させていただくこともあります。長くお仕事させていただいている人とは、雑談のほうが多くなります。物を作っていく過程の本音を聞くと言いますか、いわゆるコミュニケーションの質が上がると、結果的にもの作りの質もよくなるので、雑談は大切にしていますね。
仕様が決まったら、印刷と加工の業者を選定・依頼します。たいていの印刷会社は印刷と加工をなるべく同じところに依頼しますが、レーエではプロダクトや工程的にベストマッチだと判断したら、それぞれ別の業者さんに依頼することもあります。
――これまで様々なプロダクトに携わられたと思いますが、特にチャレンジングだったと印象に残るお仕事はありますか?
そうですねえ…。あるブライダル会社のウェディングドレスのカタログは、リボンをあしらったりボックスに入れたり毎年ガラッと仕様を変えるので、やりがいのある仕事ですね。毎年企画段階から入らせていただいて、10パターンくらい候補を出します。
変わったものだと、アクリルの箱にプリントを入れたものや、紙でできた絵馬なども手掛けました。あるアパレルブランドさんが年に一度発行するカルチャーマガジンは、あえてわら半紙のような紙を使い、そのブランドさんの服に使われている糸を使って綴じて作っています。色が乗りにくい紙なので、写真が鮮やかに見えるようにする調整がすごく大変でしたし、紙が分厚すぎて製本用の機械が使えず、人の手で1枚ずつ紙を重ねて整え、縫製用のミシンを使って綴じました。
――どのプロダクトも、デザイン性はもちろん強いメッセージ性を感じるものですね。
印刷業界って今は二分されてると思います。「安く、早く」を目指すか、そうじゃないものを目指すか。レーエは完全に後者ですね。形があるものだからこそ面白い、視覚や触覚に訴えるようなものを1個ずつ作っていく、ものづくりの会社。名刺一つにしても、レーエに依頼に来られる方はちょっと変わったものを希望されます。どれも大変ですけど、相談に対してすぐに「できない」とは言わず、「やってみましょう」と言うのがレーエ。難しい相談を受けるのは「レーエならできる」と期待されているということですから。
ものだからこそ込められる思いを伝わりやすいフォルムに
――失敗談についてもうかがっていいですか?
めちゃくちゃありますよ。若い頃の失敗だと、あるアパレル会社から依頼されたクリスマスカード。紙やすりのようなザラザラした紙に印刷をして、それを10枚くらい重ねて封筒に入れて納品というものだったんですが、使った紙がインクが乾かない仕様のもので、色移りしてしまったんです。表面にニスを塗れば大丈夫だとわかったので全部作り直せたものの、工程がずれこんで、封筒に入れ込む業者の作業時間がなくなった。仕方なく社員とその知人を総動員して、空調のきかない寒い作業場で3日くらい徹夜して納品しました。社内では「シベリア送り」と言われています(笑)。
――前例がないことにチャレンジするわけですから、当然失敗もありますよね。1つひとつ、自分たちで傷を負いながら積み上げてこられたノウハウを財産にしている。
そうですね。昔はもう血だらけになりながら、転がりながらやってましたけど、今はなるべく大怪我しないような仕組みをとれるようになりました。それでも1ヶ月に1回ぐらいは「これはやったことがないなあ」みたいなことが今でもあります。25年やっていても、まだまだ勉強です。
――大変だけど、楽しそうにも見えます。
ははは。そうですね。本当にそうです。もの作りの中に入らせてもらって、最後の、形にしていく部分を担わせてもらって本当に楽しいです。
――改めて、この仕事の面白さ、醍醐味をうかがえますか。
どうやって実現しよう。どうやってクオリティを維持しよう。どうやってスムーズに制作をしよう……。仕事によっては、そういったことを考えるうちに気持ちがすり減りそうになるときもあります。ただ、そういうことを通してプロダクトが出来上がった時の達成感はやっぱりいいものです。デザイナーさんが「よかったよ」みたいなことをポロっと言ってくれたり、クライアントさんから「売り上げが伸びてるよ」と聞くとうれしいですね。
――今後やってみたいことはありますか?
そうですねえ……。印刷業ってやっぱり、なかなか難しい、言ったら斜陽の産業です。みんながどんどん「安く早く」を目指して、デジタルシフトで紙の需要も少なくなってきて、コロナ禍でさらにぎゅっと沈んだっていう感じはあるんですけど、その中でも紙の良さやものを作る喜びを伝えていきたいですね。今はデザイン業界も、デジタル専門で紙を経験したことがないという方が増えてるんですけど、そういった方にも「紙って面白いよ」と伝えていきたいというのは常に思っていることです。
――デジタルコンテンツが主流になったことで、紙はよりリッチで特別なメディアになった印象を受けます。ラピデムも、カタログや商品のパッケージなど「ここぞ」という大切なものをレーエさんにご依頼していますし、レーエさんにご相談される他の方々もそうなのかなと。
そうですね。お金も手間もかかるかもしれないけど、特別な方に何かを訴求したいときに紙っていいよね。そういうことを伝えるお手伝いができるといいなと思います。
松下豊(まつした・ゆたか)
1973年生まれ、静岡県出身。ホテルマンを経て1997年にレーエに入社し、入社後一貫して営業を担当。1男1女の父。年に数回、家族と共に行くキャンプが楽しみ。
株式会社レーエ